つごもり三景
 



海が臨める高台に位置するそこは、
特に温暖な地方でもなく、
冬は雪催いのそれなりの気候にもなりはするものの。
穴場で込み合うこともなく、
質のいい温泉が湧くことで、冬場の客も絶えぬ土地。
鄙びた土地へと続く鈍行列車で来るも風情があってよし、
のどかな風景の中をのんびりと車で来るもよしという里へ、
毎年お越しの とあるセダンが辿り着く。
風情ある合掌造りの宿の前、
お客人の到着ごとに、
案内に立つ仲居さんやら男衆やらが甲斐甲斐しく出入りする中、

 「おお来なさったな、勘兵衛殿。」

ひときわ恰幅のいい、こちらの宿の主人が
直々に出迎えにと足を運んだのと呼吸を合わせてか。
前後のドアが左右互い違いに開いての、
それぞれから出て来たのは二人の男性たちで。
片やは、歩み寄る主人にも劣らぬ、
なかなかの精悍さをその風貌へ色濃く残す、壮年の偉丈夫。
鋼色の豊かな髪を背中まで垂らしているところは、
ちょっとした風流人か。
いやいや強かそうな肢体は武芸に長けた達人のようでもあって。
出迎えの主人へ、惚れ惚れするよな味のある笑みを見せつつ、

 「この冬は暖かいものかと思ったのだがの。」

シンプルな型のデザインコートをまとったその身、
うんと延ばしたは、長旅で体が固まったのをほぐしてか。
寒いのはかなわんとの苦笑を見せた彼なのへ、

 「まま、ウチの風呂でよくよく温まってゆくと良いさね。」

大きな手でポンポンと、親しげに肩を叩いて見せた彼へと、

 「みゃおうvv」

何とも愛らしいお声がお返事を返す。
あまりの間の良さに、ついつい“お?”と眸を丸くした主人だったが、
見やった相手の懐ろあたり、コートの襟の重ねの狭間から、
小さな存在がもぞもぞ・もこりと這い出して来たものだから、

 「おお、お前さんもおったのかい。」

旧知の友の可愛らしいお連れ。
甘い茶毛した、綿毛のような小さな仔猫が、
そのちょこりとした小鼻の真下へキュッとつまった兎口
(みつくち)を開き、
にあにあ切なく鳴いて見せるのが何とも愛らしく。
自身の手のひらといい勝負というほども小さな相手、
顎の下をちょちょいと撫でてやれば、
一丁前にも眸を細めて“うるぐるる…”と喉を鳴らすのがまた愛らしい。
そんなご挨拶に微笑んでおれば、

 「頼母さん、今年もお世話になりますね。」

後部座席から降りて来た、人間のお連れが声を掛けて来た。
錯綜した長旅を紡いでの末に奥深き人性を綾なしたこと、
年経た風貌へもふんだんに滲ませたよな、
武道の達人のような重厚さと同時に、
哲学者のようでもある深い趣きたたえた勘兵衛とは、
ともすれば正反対の、繊細で明るい風貌をした彼のほうは。
相変わらずに輝きの結実のような青年であり。
金絲のような髪をうなじに束ね、
色白な頬を引き立てるは、聡明さに透く、青玻璃のような双眸。
朗らかで瑞々しい笑みには、
たまたま居合わせた別の客らまでがハッとし、
よほどに気になるか、チラチラと視線を向けて止まぬほど。

 「シチさんか。今年も綺麗だの。」
 「何を仰せですか、もう。」

冷やかすようでもなくの、そりゃあ朗らかに言われては、
カリカリと怒るワケにもいかぬよで。
もうもうと困ったように口許たわめた佳人の懐ろから、
こちらも不意なお声が一声、

 「にあにゃ。」
 「お?」

確か めいんくーんとやらいう仔猫さんは、さっき勘兵衛が抱えていなかったかと。
そうと思っての首を傾げかかったものの、

 「みゃんvv」
 「おおお。」

久蔵ちゃんよりも一回りほど小さな仔猫さんが、
ひょこりとお顔を出して来たものだから、
これは思わぬ事態だったか、頼母殿も意外や意外と目を見張る。

 「おや、家族が増えなすったか。」
 「ええ 実は。」

さすがに前以て連絡した方がと思った七郎次だったのだが、
勘兵衛が面白がってか、そのような思慮は要らぬさねと制し、
内緒のまんまで連れて来てしまったのだけれど。
こちらも綺麗な毛並みの黒猫さんなのへ、
少しほど身を屈め、わざわざ視線を合わせて覗き込んでから、

 「今度は黒いのか。次男坊は勘兵衛に似たのだな。」
 「…………は、はい?////////」

え?と聞き返しつつも、何を何と揶揄したかは あっさり届いたようで。
たちまち頬を染める他愛なさへこそ、
壮年二人が似たような、
おいおい・おやおやというお顔になったほど。

 「みゃ?」
 「なぁう?」

どした?どしたの?と、それぞれに訊いてるようなお声で鳴く仔猫たち。
それは長閑な空気のせいか、
せかせか急いでた年の瀬が、ふと立ち止まったようなひとときだった。



      ◇◇◇


藍色は宵の空を表すか。
それが少しずつ暈された先には、
花弁の長い菊の花が押し重なっての何色も散りばめられており。
良い調子で流れる瀬のように、
合間を縫う茜と白の格子柄が垣根のよう。
ところどころに散らされた金の真砂は、
細かい刺繍によるそれだけれど。
さほど華美ではない押さえた柄の中、
その煌きがあればこそ、印象も沈まぬというところか。

 「おや、着てみたのかね。」

銀鼠の帯を若々しい蝶々に、きゅうと締め終えた頃合いになって、
こちらは日頃から和装が多い父御が和室へと入って来。
溺愛している一人娘の艶姿へとしみじみ眸を細めておいで。
どういう遺伝か、日本人なのに生まれながらの金髪に青い目という変わりだね。
それでも面差しが疑いようもなく草野家の血統を形どっており、
ままこういうこともあろうさねと、
愛らしい一人娘をただただ愛おしんできた父上は、だが。
毎年毎年、こうして和装に袖を通す彼女を眸にするごと、
ああもう十五になったか十六になったかと、
毎度嘆くように口にする御仁であり。
日本画壇の大家が、自身の娘の前ではただの親ばかだというのもまた、
関係筋では結構有名。
今もどこか寂しげなお顔になるのへ、

 「父様、この柄はちょっとセンスが古くはありませんか?」
 「なに?」

ああそうだった。
ちょっと大人に近づきつつある娘御は、
このところ、自分の意見をずばずばと斟酌なく口にするようにもなっており。

 「そうかなぁ。」

これまでと同様に、父が選んだ今年の着物。
すらりとした嫋やか伸びやかな肢体に宿る、若さという勢いに、
この華やかさは決して負けまいと思って選んだ
大胆な図柄のつもりだったのだのに。
古いとはまた、意外な方向からの糾弾が飛んで来たようで。

 「ねえ母様。」
 「そうねえ、これだともう少し年上の、粋な筋の方がまとわれた方が。」

家内を仕切るメイド頭のご婦人による、手慣れた着付けを見守っていた母上も、
娘の感受性を推すような感想を口にする始末であり。

 「ああでも、
  シチちゃんがまだまだ未熟だと言いたい訳ではありませんことよ?」
 「う〜〜〜〜。/////」

そうと付け足したは、間接的に夫の肩を持ったつもりか。
母上の言いようへ、たちまち ちょこっと膨れつつも、
袖口を手のひらへと指の先で挟んで押さえての、
振り袖のたっぷりした袂を蝶々のように左右に引いて、
自身の着こなし、間近に見下ろすところはまんざらでもなさそうで。

 「そうそう、今夜の晩は初詣でに行くのですって?」
 「ええ。構いませんでしょう?」

大みそかの晩からごった返しているよな有名どころじゃありませんが、
在来線の沿線にある神社ですから人出もまあまあ。
寂しいところへゆくのでなし、
ましてや身動きが不自由となるこれを着てゆくのでなし…と。
それは朗らかに微笑う娘はそういえば、
いつの間にか、宵になってからでも臆することなく外出するよになっており。

 「〜〜〜〜。」
 「父様、なにか?」

いけませんとでも言いますか?と、
挑むような物言いも、いつの間に身につけたやら。
溺愛するあまりに縛ってしまうのは良くないと、
自制をする分別はあるものの、

 「その初詣で、まさかいつもの顔触れで出向くのじゃあ?」
 「そうですわよ?」

久蔵殿とヘイさんと、3人で♪
ああそうだ、帰りにゴロさんの『八百萬屋』へ寄るかもですね。
駅に間近いお店ですし、温かいもの食べに…と、
これが年相応なんだろうが、それは楽しそうにしている娘御へ、

 “…あの警部補殿は、一緒ではないのかの?”

訊いてみたいような、でもでもすんなりとは答えてくれなんだらどうしよか。
忙しいお人だと聞くから、そうそう同行してはくれぬこと思い出させるかも知れぬ。
いやいや、さすがに夜歩きは危ないからと、
親が言うならそれなりの手を打ってくれるかも?
でもだが、そんなお膳立てをしたと知られたら、
我が子ながら凛々しい気性をしているシチだけに、
プライドを逆撫でしてしまい、
余計なことをして…と、怒って口を利いてくれなくなるかも?
どういう返事でも困ること、よって訊けないのがますます歯痒い、
案外と可愛らしい性分をしておいでな日本画壇の重鎮様。

 「もう脱いでもいいでしょう?」
 「そうね、………あなた。」

んん? あ、おうさと、女性らを残して和室を後にしつつ、
ああ、幼いころは
自分から浴衣だ着物だ着たがって、なかなか片付けさせなんだのにと、
そんなことまでしみじみ思い起こしているお父様。
屋敷の中は、静かな挙動ではあるが、皆様年越しと新年のお支度に忙しそうで。
そんな中、いかにも手持ち無沙汰なの示すよに、
両腕を互いのお袖へ入れての腕組みをしたまんま、
つと立ち止まった瓦屋根の乗った渡り廊下から、
所在無さげにお庭を眺めやる刀月殿だったのであった。



      ◇◇◇


二階のリビングに家族の着物も出した。
家じゅうの掃除やお片付けは元より、
お鏡も玄関口のしめ繩も、
一夜飾りにならぬよう、おととい出して飾り付けてある。
世間に重ならぬよう、正月元日からは日をずらしつつも、
新年という大きな節目を確認し合うあれこれは、
駿河にある宗家に戻って行われ。
それゆえ、こちらのお宅には特に決まった来客はないのだが、
それであれ、きちんと整えておくのが自身へのけじめと思うのか。
常から家内を任されている事への自負も強い七郎次としては、
こういうお決まりな祭事ほど こなせて当たり前。
下準備も周到に、何から何まで揃えておいでのその結果、
今日という大みそかも、
特にバタバタすることはないまま、
自慢のお節の仕上げに入っておいで。

 「黒まめに だて巻、ニシンの昆布巻き。
  きんとんに数の子、
  紅白なますに田作りでしょう?」

根菜類の煮染めと、それからえっとえっと…と、
タッパウエアにそれぞれ詰められた品々を、
指折り数えて確認しつつ。
勘兵衛も久蔵も実は好物の八幡巻き、
肉巻きの芯となるゴボウやニンジンを茹でているところ。
好物と言えば、茶わん蒸しも新香巻きも、
実は実は彼ら二人ともが大好きなのに、
互いへは内緒に出来ていると思ってもいるようで。

 “別に知れたって構わないでしょうにね。”

食べるものへの愛着があるなんて子供っぽいと思うのか。
そして、そういうところを相手へ知られるの、
もしかして癪なのかしらねと。
素知らぬお顔で箸を運ぶ彼らなの、
当初は戸惑っていたものが、
最近では可笑しくてしょうがないおっ母様であるようで。
まだ十代の次男坊はともかく、

 “勘兵衛様が、
  このようなことへ ムキになられようとは…。”

勿論のこと、いかにもな素振りではない。
どれが特別ということはないのだよと、
あの納まり返った風の壮年殿が、
本心を隠し、そんな澄ましたお顔で通されるのが、
事情が判る七郎次には、
その実、久蔵と大差無いのにと、楽しくてしょうがないのであり。
だからこそ、
手を尽くして美味しいものを供さねばという想いにも
弾みがつくというところ。
今の今も、優しい横顔を何とも言えぬ微笑で暖めて、
鍋の中をのぞき込んでおれば、

 「…しち。」
 「あ、はい。」

久蔵からの不意な声掛けへ、はっとして我に返る。
さすがに今日は家にいるのも不思議はない高校生は、
お察しのとおり、
冬休みに入るとそのままというノリでほぼ家にいて。
買い出しや大掃除や庭の整理に、
忙しい時期だってのにという不審な訪問者への応対など、
全力でおっ母様のフォローにあたっており。
玲瓏端正なお顔のまんまの無言の凝視でもって、
穏便に追い返した訪問販売業者は数知れず。

 “以前は噛みつかんばかりのお顔になってらしたので、
  ハラハラさせられもしましたが。”

そんなお懐かしいことまで思い出しつつ、
カウンター越し、かすかに含羞みのお顔をしておいでの、
金髪頭の剣豪さんと向かい合う。

  どうされましたか? 雑誌を縛る紐ですか。
  ちょっと待ってくださいませね。
  いえ、新しいのを下ろしたところなので、
  束ねの始まりが分かりにくいのですよ、と。

動き惜しみをしないで、
鍋の火を止め、茹で上がった野菜をザルに空けてから、
前掛けで白い手を拭いつつ、
どらと納戸までをご一緒する。
こちらにまでいい匂いのするリビングには、
庭にも降りそそぐ今年最後の陽光が暖かく滲み込み。
ぴかぴかに磨かれたガラス越し、
手入れのいいお庭の緑が目に優しい。
頼もしい御主が、仮の勤め先からお戻りまであと少し。
何事も起きませぬようにと祈りつつ、
あとちょっとの今年とのお別れもあとわずか。


  新しい年は、どなたへもいい年になりますように……。




   〜Fine〜 11.12.30.〜12.31.


  *つごもりというのは“晦日”という意味です、念のため。
   どのシリーズのお話で締めようかと迷ったんですが、
   よ〜しとついつい欲張ってみました。
   そのせいでUPが間に合うかどうかひやひやです。
(笑)
   色んなことのあったこの1年でしたが、
   少しでも息抜きのお相手が出来ていたなら嬉しいです。
   仲よくしていただけてありがとうございました。
   来たる新しい年もよろしかったらお運びくださいませvv


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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